潔癖症っていいことかな?

昨今、必要異常に清潔好きで、几帳面な「潔癖症」な人間が増大している。
潔癖なのはそんなに良いことなのか?
私は、ちっともよいこととは思わない。
むしろ、潔癖症は非人間的な、異常なことと考えた方が正しいと思う。
自然の山や、草花を美しいと感ずる人は圧倒的に多い、それを汚らしいと思う人間のほうが、むしろ異端者ではなかろうか‥‥。
自然の野山が不潔で、消毒をしないとそこに座ることも、寝そべることも出来ないという人間が果たして正しいのか?
生き物の中で、手を洗ったり、毎日風呂に入らなければ生きていけない動物は、人間だけである。
その人間だって、つい近年までは、それほどまで潔癖でなく生きていたのだ。
潔癖症、几帳面さは、捨てても生きていけるものである。

逆に、最近はそれをエスカレートさせて、自分自身を苦しめている。
邸宅の庭の雑草はピンセットで採ったように整然とされ、屋敷周りにはブロックの門塀で「けじめ」がつけられ、樹木は鋏で美女の髪型以上にきちんと刈り揃えられている。
農産物や、企業製品においても「潔癖」に作られたもの以外は無価値となり。
曲がったキュウリや、茄子は味は同じであっても商品とはならない。
音楽においても、コンクールでは「潔癖な音楽」が価値が高いものであるという考えで突っ走っている。
本当は、もっと雑で、気楽で、愉しくていいのに‥‥。