(天声人語)より 「とどめを刺さない交渉術」
社会学者の上野千鶴子さんには数々の名言がある。かなり前のエッセー「かさばらない男」は、題名から感心して読んだ。「男はどちらかと言えば、自分を実力以上にかさばらせて見せたい動物だ」▼だからそうでない、「邪魔にならない」男は、えがたい存在ではないだろうか、と。そういう男は、限りなく「おばさん」に近い、とも。以来、胸の底にだいじにしまってときどき取り出してみるが、とうていその域には届かない▼「相手にとどめを刺しちゃいけません」というのもある。タレントの遙(はるか)洋子さんの著書『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』が紹介する、論争のときの心得だ。刺すのではなく、もてあそべ。勝ちはおのずから決まる。恐ろしくも鋭い教えである▼逃げ道を残しておくという点で、名言通りの展開となったようだ。山梨県山梨市が上野さんに介護をテーマとする講演を頼んでいたが、新しい市長が難色を示し、中止となった。市長はおとといまでに翻意し、きょう予定通りに講演会が開かれる▼当初は、たとえば上野さんの著書『セクシィ・ギャルの大研究』のタイトルが問題視されたという。介護とはなんの関係もなく、まさに言いがかり。しかし、上野さんは中止を撤回すれば講演する用意はあると宣言し、ボールを市長に投げた▼契約不履行で訴えることもできたが、寛容な対応が功を奏したかっこうだ。さすが、である。撤回を決めた市長も、おそらくは「かさばらない」人なのだろうと拝察した。
国際緊張、摩擦が耐えない昨今ですが、各国の首脳陣に読んで欲しい今朝の「天声人語」でした。